カズオ・イシグロの講演に行ってきた

2014年12月05日 by 編集部(籠)

長崎県出身の英国人作家であるカズオ・イシグロ氏の講演会に行ってきたので、報告申し上げます。

英文学にあまりなじみがない方のために、まずはカズオ・イシグロ氏について簡単に説明しておきますね。同氏の代表作と言えば、英国の屋敷で働く執事を主人公に据えたいかにも英国的な美しい物語「日の名残り」です。この作品は、英文学界の金字塔であるブッカー賞を受賞。アンソニー・ホプキンス主演で映画化もされました。あとはキーラ・ナイトレイやキャリー・マリガンが出演した映画の原作であり、日本では蜷川幸雄演出で舞台化もされた「私を離さないで」の著者でもあります。

ちなみに僕は日本の大学生時代は英米文学を専攻していたのですが(女子20人以上の中に男一人のゼミに所属)、そのとき既に、英文学史で使った授業の教科書の年表には「現代作家」の欄にカズオ・イシグロの名前が記載されていました。言わば現代文学における巨匠です。

この彼が、「ガーディアン」紙主催のイベントに登場し、今からもう25年前に発表された不朽の名作「日の名残り」について語るというではありませんか。この貴重な機会を逃してはならぬと、ノッティング・ヒル・ゲート駅から徒歩10分ぐらいのところにある「ザ・タバナクル」という会場まで行ってきました。

カズオ・イシグロの講演に行ってきた

このへたくそな写真じゃよく分かりませんが、おもちゃの教会みたいな面白い外観の場所でした

周りの観客を見渡してみると、大学生と思われる若い人ばっかり。「日の名残り」が出版されたときには、まだ皆さん生まれてなかったんじゃないのかな? やはり名作は世代を超えて広く愛されるのだなあと実感。

間もなくして、イシグロ氏が登場。黒いスーツを着こなしてものすごくカッコいい。背も想像していたよりも高い気がする。

カズオ・イシグロの講演に行ってきた

こっちもへたくそな写真で本当にすみません

まあ講演会だから当たり前って言ったら当たり前なのかもしれませんが、いかにも英国人的な美しい英語で時折ユーモアを交えて、かなり饒舌に語ってくれました。例えば、「日の名残り」執筆当時は「Wasted Life(むなしい人生)」というテーマに取り組んでいたこと。第2作となる「浮世の画家」が日本を舞台としていたことから、英国の屋敷を舞台とした「日の名残り」は世間では大転換と見なされたが、実は両作とも「むなしい人生」をテーマとしており、「日の名残り」は「浮世の画家」の延長線上にあると言っていました。

あとは、主人公である執事のスティーブンス独特の語り口が、同作執筆終了後もなかなか抜けなかったんだそうな。全くほかの作品を書いているときも、彼の草稿をまず始めに読むという奥様に「またスティーブンス口調になっている!」とよく指摘されていたのだとか。

ほかにも登場人物はなぜこれこれの行動を取ったのかと質問コーナーで観客から聞かれると、驚くほど詳細に説明してくれるんですね。しかも「そのとき彼はきっとこう思ってたから、こういう風に考えて、こういう風に行動しようとしたけど結果的にこうなったんじゃないかな」といった風に、自身の創造物としてではなく、まるで実在の人物の気持ちを汲み取ろうとしているかのように語っているのが印象的でした。物語を通じて、執事のスティーブンスがどのような変化を遂げていくかといった構成についても細かく述べていて、本当に考えに考え抜いた上で作品をつくっているというのがよく分かりました。

集まった聴衆もコアなファンばかりみたいで、質問のレベルの高さに脱帽。熱心にメモを取ったり、書き込みだらけの「日の名残り」を手にしている人たちもいました。僕自身は、随分昔に使った教科書に載っていた人が生き生きと目の前で話すのを聞いて感無量です。今年のクリスマス休暇は、カズオ・イシグロ氏の作品を久しぶりに読み返してみようかな。

それでは皆さん、ごきげんよう。寒い日が続いていますので、どうかご自愛くださいますように。(籠)


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