「新しいクリケットの時代を作りたい」 宮地直樹さん・浅間美穂さん インタビュー

今年のICCクリケット・ワールド・カップ(W杯)は、7月14日にイングランドがニュージーランドを破り初優勝を飾った。クリケット発祥の地でありながら、1975年に始まった同大会でのこれまでのベストは準優勝止まり。今回の優勝に、当日会場となったロンドンのローズ・クリケット・グラウンド(Lord’s Cricket Ground)が大きな熱狂に包まれたと聞いても不思議ではないだろう。

今回は、そんなタイミングにロンドンを訪れていた日本クリケット協会事務局長・宮地直樹さんと、元日本代表の浅間美穂さんに、日本人にはまだなじみの薄いクリケットの魅力と、これからの発展について、緑の鮮やかなロンドン北部のハムステッド・クリケット・クラブでお話を伺った。

宮地さん(写真右)と浅間さん(同左)

宮地さん(写真右)と浅間さん(同左)

これからのクリケットの形

―まず今回、英国にいらした理由をお聞きしてよろしいですか。

宮地: 国際クリケット評議会*の総会があるため、日本の協会を代表をしてやってきました。日本を始めクリケットになじみのない国も、多数この評議会のメンバーになっています。今回は、そういった国々にとってハードルの高い部分を払拭し、もっと気軽にクリケットを楽しんでもらうにはどうすればよいかを話し合いました。例えば、正式なクリケットだと硬いボールを使い、11人制で、広いグラウンドが必要ですが、それ以外にもっと自分の国に合った楽しみ方があるのではないか。そうした新しいタイプのクリケット、私たちはソーシャル・クリケットと呼んでいますが、これを今回参加者の方々と共有しています。

国際クリケット評議会でも、ソーシャル・クリケットを広めるための、「クリオ」というプロジェクトをローンチしました。バットとボールがあれば学校の廊下でも、裏庭でも、どんな場所でも楽しめるんだ、ということを皆に知ってもらいたいので、クリオはソーシャル・ネットワークのような機能も含んでいます。ですから、「こんな新しいルールを作ったよ」とアプリを使って広めることも可能です。

*クリケットを統括する国際組織。クリケットW杯などの大会を主催する他、テストマッチ、ワンデイ・インターナショナル、トゥエンティ20・インターナショナルなどの審判を任命し派遣する。創立は1909年。世界104カ所の協会が所属している。

―「クリオ」のスペルを教えてください。

宮地: CRIIIOです。クリオはラテン語で「creo=作り出す、生む」という意味で、英語「creation」の語源です。ただ、綴りを見ていただくと分かりますが、あえて3つの「I」を使って、クリケットのウィケットを表している*のですよ。「新しいものを作る」というのがクリオのコンセプトなのです。「こうでなきゃいけない」というルールを取り払って、誰でもどこでも気軽に楽しめるクリケットの魅力を多くの人に伝えたいと思っています。

*クリケットではウィケットと呼ばれる地面に刺した3本の支柱が的(まと)。

ハムステッド・クリケット・クラブ

広々としたハムステッド・クリケット・クラブ

クリケット観戦

―現在、クリケットの普及に情熱を傾けていらっしゃる宮地さんですが、以前は選手として英国に滞在しておられたのですよね。

宮地: はい、以前2年おりました。2001年の8月から1年間と、2005年に1年。最初は大学院にいたのですが、その時はロンドン西部のターナム・グリーン・クリケット・クラブ(現チズィック・クリケット・クラブ)やハムステッド・クリケット・クラブで、プレーさせてもらっていました。

―イングランドにはプロのチームは何チームくらいあるのでしょう。

宮地: 36チームくらいのカウンティーのチームは基本的に全てプロです。でも、地域のクラブ・ チームでも、各チームにプロの選手が何人かいるというようなスタイルがあります。そのためプロ・アマの線引きの仕方はそんなにはっきりしていないと思います。

―では、日本の競技人口はどれくらいでしょうか。

宮地: 約4000人です。2002年には660人だったので、すごく増えてきています。クリケット協会が現在、小学生や中高生といった若い人たちに向けたクリケットの普及に力を入れています。年間で2万人がプログラムに参加しています。例えば、学校を訪れ授業の一環としてクリケットを導入してもらえるようにする。そしてそれが根付き、地域で大会を開くといったことも広がってきています。あとは、大人の男性も増えていますね。コモンウェルス諸国など、海外からやってきた人たちもクリケットの魅力を日本に広めています。

日本の女子クリケットの現状

―日本に女子のクリケットがあるということも、失礼ながら存じ上げませんでした。今、日本の女子クリケットはどのような状況にあるのでしょうか。

宮地: 今ちょうど新しい大会を作ろうとしているところで、これによって新しい時代を作れたらと思っています。男子の方は小学生から始めた子たちが育ってきてだんだん選手層が厚くなって来ているのですが、女子は大学生から始める人が多いので、社会人になっても続けるにはまだまだハードルが高く、就職、結婚、出産などの機会にやめる人が多いのが現状です。子供のころにクリケットを始める子はクリケット愛が強くて、クリケットを中心に将来設計をしますが、大学生からだと、結局、男女関係なく、就職が一番、家族が一番、ということになってしまい……。

浅間: 家族が一番じゃないとダメじゃないですか!? (笑)

宮地: はい、まずいですよね(笑) ともあれ、クリケットの優先順位を上げるためにも、もっと気軽にクォリティーの高いプレーの場を用意していきたいと思っています。

浅間: 女子の選手は関東、主に東京に集まっているのですが、クリケット・グラウンドのある場所へ行くのに2時間くらいかかってしまうので、「子供がいるからそんな遠くまで行けない」ということがあります。ただ、新しい大会はもっと東京に近いところで開催される予定ですので、楽しみにしています。それから、クリケットのボールというのは硬式の野球ボールによく似ていて、それをグローブなしで素手で扱うわけですが、硬さを変えた痛くないボールを使う大会の構想もあるということなので、今後の発展がいろいろ期待できると思います。

クリケット

家族でクリケット! さすが本場、層の厚さに驚く

―ロンドンを始め英国には日本から来る駐在員の方が多いですから、その方たちが英国でクリケットの魅力に目覚め、日本に帰ってその面白さを伝える、ということもあるのではないですか。

宮地: 毎年、在英日本商工会議所が主催している、ローズ・クリケット・グラウンドでの観戦会というのがあり、10年ほど前は参加者が20人くらいだったのが今では300人に増えています。浅間さんも今回そこにエキスパートとして参加してくれました。初めての人が試合を見ても、結局よく分からないで帰ることになってしまう。ですから、参加者4~5人に対し、エキスパート1人がついて解説をするという観戦会です。

10年、5年前までは、クリケットを見たことない、ルールがよく分からないという人が多かったのですが、今それが変わってきています。理由の一つに、試合時間が短縮されたことがあげられます。昔は1つの試合で5日もかかり、間にティー・タイムがあるテストマッチが主流でしたが、今の試合は3時間です。120球と球数も少ないので、どんどん点を取らなきゃいけないわけで、試合展開が速く、観ていてもエキサイティングです。夕方6時15分から始まりますから、仕事帰りに観に行って、友達と1杯飲んで帰る。駐在員にもそんな風に楽しんでくださっている方が大勢いますよ。

浅間: ちょうど野球のような楽しみ方ですね、身近なものになったと思います。

英国のスポーツ文化の根底にあるもの

―クリケットを全く知らない人に向けて、何か取っ掛かりになるような、楽しむヒントを教えていただけますか。

宮地: クリケットのルールは難しいとよく言われますが、野球の方がよっぽど複雑。クリケットは実はとてもシンプルなスポーツです。ルールが少なくて、自由度が高い。だから逆に、やってる人の立場にならないと、どうしてそうしているのか分からない、という部分はあるかもしれませんね。投手が投げたボールを打者が打って得点をします。打者はアウトになったら交代になるので「どうやってアウトにならずに点数を重ねていくか」という投手と打者の攻防が見どころでしょうか。

クリケット観戦

観戦する方もリラックス

浅間: あと、クリケットは紳士淑女のスポーツですから、その雰囲気を味わえるというのも魅力の一つですよね。たとえば、観戦でもなければこんなクラブに足を踏み入れることもないですし。ティー・タイムがあったら本当に皆が優雅にお茶を飲んでる! みたいなそんな空気感は、他のスポーツでは味わえないものですね。

宮地: その根底にあるのは、英国のスポーツ文化だと思います。それが何かというと、「コミュニティー」なのではないでしょうか。もともとは、教会の前の広場にクリケットのピッチがあって、日曜日に教会に行く人たちが楽しむ、そんな風に町のコミュニティーの中心にあったものなのです。今でもそのスピリットは生きていて、例えばプレミア・リーグに上がるには、クリケット・クラブはバーを併設していないといけないという決まりがあります。クリケットに限ったことではないのですが、でもやはりラグビーやサッカーとは違うものがクリケットにはある。それは、芝生が広がり時間がゆっくり過ぎていく優雅な空気感や、ガツガツしない英国人の気質が作っているものだと思います。勝ち負けの競争だけではなく、皆が集まって楽しむ場でなくては、ということですね。それが英国のスポーツ文化らしい点だと思います。

クリケット

コミュニケーションに欠かせないドリンク・タイム

クリケット

浅間: 相手チームの失敗を喜ばない、というスポーツなので精神面も鍛えられる部分があるかな、と感じます。

宮地: そう、英国はクリケットを教育に取り入れていますね、例えば、ハーローやイートンといったパブリック・スクールですが、ハーローには校内に27もチームがあり、大きなクリケット・グラウンドが8つあります。そこで毎週木曜日の午後には皆でクリケットをするんですね。というのも、クリケットという競技はリーダーを育てるのに適したスポーツだからです。

浅間: 基本的に、監督がいないスポーツですしね。

宮地: 監督がいない中、キャプテンを中心に選手がどうまとまるか、常に変わる状況に適応しながら考える。それが面白いところで、同時に観る方にはやや分かりにくい部分かもしれません。野球のように細かくルールが決まっていたら、ルールさえ分かれば楽しめますが、クリケットは自由度が高いスポーツですから。

浅間: 私は国内の小さなチームでキャプテンをしていますが、監督がいないため、自分の采配が試合結果や内容に直結します。しかも、野球と異なり360度を11人で守らないといけないので、相手チームと自チームの選手個別特性にあわせて試合中に守備配置を動かしたり、打順を変えたりと戦略を練り続けます。実は体よりも頭が疲れることもよくありますね(笑)

 

プロフィール

宮地直樹 – 1978年9月16日生まれ。栃木県出身。慶應義塾大学、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学院修了。2000年にクリケットの日本代表選手に初めて選抜される。その後、オーストラリアのメルボルンやロンドンのクリケット・クラブでプレー。2008年より日本クリケット協会事務局長に就任。クリケットを通じた地域活性化活動により、佐野商工会議所より産業功労者特別表彰を受賞(2010年)。スコットランド議会でクリケットによる東日本大震災復興支援活動を称賛する動議が提出された(2012年)。国際クリケット評議会普及活動表彰で2008年及び2011年に世界最優秀賞を日本クリケット協会が受賞。2015年には、日英協会賞を受賞。

浅間美穂 – 1991年5月5日生まれ。千葉県出身。早稲田大学卒業。大学在学中の2012年にクリケットの女子日本代表選手に初選抜。2018年の引退後は、会社員の傍ら、日本女子クリケット普及活動に従事。

*クリケットの詳しいルールや歴史については、今回、宮地直樹さんと共に国際クリケット評議会に出席された秋山仁雄さんの、「クリケットタウン佐野」創造プロジェクトのウェブサイトへ。

https://sano-cricket.net/catalog

 

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