大家さんへの手紙
By 編集部員(籠)
拝啓
スティーブ様
残暑の候、スティーブ様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
あなたが大家さんとなっているフラットに、かれこれ6年近くも住み続けている(籠)です。家賃の徴収や、「キッチンを清潔にしなさい」などと小言を伝えに来るあなたに月に1回はお会いする機会があるとはいうものの、今回は先日の感謝をどうしても書面にてお伝えしたくて筆を取りました。
先週の金曜日のことです。朝5時頃に、ノックの音に起こされて3階にある自室のドアを開けると、最近移り住んできたばかりのフランス人カップルから、トイレの水が漏れていることを告げられました。しかも、その真下にある2階のトイレまで水漏れしているというではありませんか。
私はとても驚きました。以前、あなたが「この家は、芝刈りからメンテナンスまで、すべて俺が完璧に管理しているんだ。英国人には、DIY精神が受け継がれているのさ」と自慢気に話していたからです。私は、日本では「下手の横好き」ということわざが受け継がれていることを思い出しました。
今になっても、なぜあなたがフランス人カップルに「携帯電話で指示を出しながら(籠)を遠隔操作するから、彼を叩き起こして欲しい」と言ったのか、私には分かりません。うちのフラットには、仕事を持たず平日から無為な時間を過ごし、かつ私よりずっと流暢に英語を話す住人がいるからです。どうせ汚れ仕事をさせるなら、家賃を滞納しがちな彼らにやらせればいいものを、と思いかけたところで、ぐっとこらえました。博愛主義に満ちたあなたなら、無職かどうか、家賃の支払いをきちんと行うかどうかといった違いで人間を裁いたりしないことを知っていたからです。
トイレの中をよく見てみると、漏れ口はまさにいわゆる下水が流れる部分でした。嫌な予感はしたのですが、携帯電話の向こうであなたは、まさにその排水管をいじって欲しいと言いましたね。このとき初めて、大仕事を一手に任されることの嬉しさを知ったような気がします。
私は、あなたの期待に必死に応えようと、ボルトを締めたりひねったりして排水漏れを止め、さらには床を拭いて、何とか緊急処置を施しました。手は汚水まみれになりましたが、大きな仕事をやり終えた達成感で、心は洗われたような気がしたから不思議です。
私は仕事に向かうために、その後すぐに外出してしまったのですが、間もなくしてあなたが事後処理と点検をしに、フラットまで足を運んでくれたことをフラットメイトから聞きました。今の私は、かつてのように「どうせすぐ来られるのなら俺に修理させる前に来い」なんて言いません。あなたの行動は、一見しただけでは奇妙に思えるときでさえ、詰まるところはすべて善意から生まれていることを信じているからです。
また、汚水の水漏れを受けていた桶までをもあなたが洗ってくれたことにも感謝しております。ただ、わざわざ私のキッチンで、食器を洗うためのスポンジを使って磨いてくれるとは予期していませんでした。一瞬、「頭おかしいんじゃないの」と思いました。「知らないままこれでまた食器を洗って、俺が何かの病気にかかったりしたらどうする」と憤りさえ感じました。こればかりはなぜあなたがこのような行動を取ったのか、いまだに納得できませんが、数年後、私がもう少し大人になったときに、答えが分かるような気がしています。
末筆ながら、あなたのDIY技術が向上することを心より祈っております。