初演から50年、ミュージカル「Hair(ヘアー)」鑑賞記(少々ネタばれあり)
「ジーザス・クライスト・スーパースター」や「レント」など、いわゆるロック・ミュージカルと言われるミュージカルはいくつもありますが、その中でも先駆者的な存在とされるのが、1967年、米ニューヨークのオフ・ブロードウェイで上演された「ヘアー」。ベトナム戦争の悲惨さが伝えられ、米国でも反戦の機運が高まってきた1960年代のニューヨークを舞台に、ヒッピーの若者たちの刹那的かつ快楽的な日々の暮らしの中に反戦のメッセージを込めたこの作品が初演から50年という記念すべき節目を迎えたことを受けて、ロンドンで50周年記念のプロダクションが開幕しました。
今から50年前にジェームズ・ラドとジェローム・ラグニという2人の若手俳優が脚本・作詞を手掛け、ガルト・マクダーモットが音楽を担当したこの作品を今回、演出したのは、ジョナサン・オボイル。マンチェスターの旧紡績工場を利用した注目の劇場、ホープ・ミル・シアターで上演された後、ロンドンにやって来たプロダクションです。世界中に熱狂的なファンがいて、観劇の際にはフォークロア調のファッションに身を包む人たちもいるほどの人気作ですが、正直、それほどの思い入れのない私が50年前のロック・ミュージカルを楽しむことができるのだろうか……。そんな一抹の不安を抱えて劇場に向かいました。
ロンドンで上演されているのは、ウォータールー駅地下のトンネルを利用したザ・ボルツという小劇場。一歩足を踏み入れると、当時のヒッピー文化を伝える写真が所狭しと飾られ、木の枝が組まれたボックス・オフィスがお出迎え。さらにバー・エリアに進めば、木くずを敷き詰めた空間にテントが置かれ、まるでヒッピーたちがそこで生活しているかのような趣。テントで寝そべりながらお酒を飲めば、舞台が始まる前から作品世界に放り込まれたかのような錯覚すら覚えます。
そしてアーチ型の小さなパフォーマンス・スペースで物語がスタート。長方形の空間の中央が舞台となり、その奥にミュージシャンたち、そして三方を客席が囲むつくり。どこに座っていても出演者の熱を直接感じられます。
さて、話の方は、反戦思想を掲げつつ、享楽的な日々を過ごす若者たち「トライブ(tribe。元々は部族の意)」の思いや主張が込められた楽曲の数々がぐいぐいと引っ張っていきます。歌い、踊り、ときには楽器も奏でる大車輪の活躍をみせる出演者たち。セックスやドラッグに浸りながら戦争反対を唱える登場人物たちは、今の時代から見ればリアルには感じられないかもしれません。でもその一方で、戦争に行くことになればせっかく伸ばした髪の毛を切らなければならないと語り、正義や自由を希求しつつ、快楽によって先の見えぬ将来への不安や政府への憤りを一時的に解消しようとする率直さや脆さが心に迫ってきました。世界各地で、時に大義すら見えぬままに争いに巻き込まれる今の若者たちは、形こそ違えど、根っこでは同じように戸惑い、迷い、時に逃避しつつ、もがいているのではないか、そんな風に感じたのです。登場人物たちの行き場のない混沌とした思いが圧倒的な熱量を持って突き刺さってくるのを身体中で感じる、それこそがこの作品を鑑賞する醍醐味なのかもしれません。
いわゆる観客巻き込み型と言われる本作では、舞台と同じ高さに設定されているレッド席はもちろん、観客の誰もが出演者に絡まれる可能性があります。とはいえ、会話を求められるたぐいのものではないので、英語に不安がある人でも大丈夫。息苦しいほどの熱気あふれる小さな空間で、舞台と客席の垣根が取り払われるひとときを思い切り楽しみましょう!
なお、「ヘアー」は出演者が全裸になるシーンがあることでも知られていますが、このプロダクションでは、11月11日に観客も自由に服を脱いでいいパフォーマンスが行われるとか。当日はきっと大盛り上がりになるでしょうが、他の日でも、出演者たちと一つに溶け合えるような体験は十分味わえます!
Hair the Musical
2018年1月13日(土)まで
火~土 19:30(木・土は15:00もあり)、日 15:00
£25~50
The Vaults Theatre
Launcelot Street, London SE1 7AD
Tel: 020 7401 9603
Waterloo駅
www.hair50.com