フォートナム & メイソンの幻
2009年01月20日 By 編集部員(籠)
その事件は、まだ肌寒い1月の朝に起きました。
ロンドン東部ニュー・クロスに暮らすその男は、眠い目をこすりながら、冷蔵庫の中を物色していました。
「腹減ったなあ」。起きぬけで、男がそう嘆いたのも無理はありません。新年休暇で訪れたスペインのマドリードにて暴飲暴食を繰り返した結果、胃が拡張していたからです。なのに、ここでトラブル発生。男はこのとき、ジャムとバターを共に切らしていることに気付いたのです。
「何か他にパンにつけて食べるものないかなあ」。男が呟いた、まさにその時です。彼の目に、王室ご用達のデパート、フォートナム & メイソンの名が刻まれたジャム瓶が目に入ってきました。そして男は叫びました。「これで朝ごはんを美味しく食べることができる!」
男は空腹の余り、そのジャムはきっとフラットメイトの所有物であり、そうである以上、使う前に断るのが最低限のマナーではなのではないか、と考えることができませんでした。気付いたときにはもう、手持ちのパンにそのジャムを塗りたくっていたのです。
準備は整いました。男は、王室ご用達の味に期待をめぐらせながら、パンにガブリと食いついたのです。
ところが。男は口の中に、何か異変が起きていることに気付きました。「このジャム、フォートナム & メイソンのものなのに、ちっとも美味しくないぞ」
その時、男は初めて気付いたのです。
昨秋から引っ越してきた日本人フラットメイトが、前日の晩にキッチンでなす田楽を作っていたことを。
レシピ通りに作った田楽味噌が大量に余ってしまい、そのフラットメイトが適当な入れ物を探していたことを。
そして、男が口にしていたものは、フォートナム & メイソンのジャムではなくて、その入れ物に入った田楽味噌だったことを。
冷蔵庫にあるものを、フラットメイトの許可なく食べるべからず。(籠)